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京都地方裁判所 平成5年(ワ)2478号 判決 1994年1月13日

主文

一  京都地方裁判所昭和五七年(手ワ)第二六六号約束手形金請求事件の判決主文第一項に基づく、原告の被告に対する金銭債務は存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

理由

一  請求原因1、3及び4の各事実は、当事者間で争いがない。

二  そこで、被告の抗弁について判断する。

1  被告が、京都地方裁判所昭和五七年(手ワ)第二六六号約束手形金請求事件の提起に先立つて、本件債権を請求債権として債権仮差押申請(京都地方裁判集昭和五七年(ヨ)第七九二号事件)をなし、昭和五七年一〇月八日付で、原告が手形不渡処分を免れるため訴外金庫の加盟する銀行協会に提供させる目的で訴外金庫に預託した金三〇〇万円の返還請求権を被差押債権とする債権仮差押命令を得たこと、同命令は遅くとも同月末日ころまでには債務者(原告)に送達されたことは当事者間に争いがなく、また《証拠略》によれば同命令は第三債務者たる訴外金庫にも同月末日ころまでに送達されたことが推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。

右債権仮差押により本件債権に関する消滅時効の進行が中断されたことは疑いないが、問題となるのは、このように中断された時効が原告の主張するように仮差押の執行手続が終了した時点で再び進行を始めるのか、それとも被告の主張するように仮差押命令が存続しており、執行解放もなされていない以上、依然として中断した状態が継続しているのかという点であり、これが本件における唯一の争点であるといつてよい。

2  仮差押は、時効中断事由の一つであるが、「その中断事由の終了したときより更に進行を始」める(民法一五七条一項)ものとされている。そして、仮差押の場合、その手続のいずれの時点を「中断事由が終了したとき」と解すべきかは、法文上必ずしも明らかではないが、仮差押が将来の執行保全を目的とするものであるというその本質に鑑みると、将来の執行を保全するための手続がすべて終了した時、換言すると、仮差押の執行手続が終了したときと解するのが相当である。本件のような債権仮差押に即していうと、債権仮差押命令が第三債務者及び債務者の双方に送達されたときというべきである。

被告は、仮差押の状態が継続している間は、手続が終了しておらず、従つて中断事由は解消されていないものというべきところ、本件にあつては仮差押命令は現在も効力を有しているから、再度の時効期間は進行していない旨主張する。

しかしながら、権利の存在の確定と債務名義の取得を目的とする裁判上の請求についてさえ、裁判が確定したときから時効は再び進行を開始し、一〇年で権利が消滅すること(民法一五七条一項、一七四条ノ二)と対比して考えると、仮差押の場合、仮差押命令を得てそのまま放置しておけば永久に時効期間は進行せず、権利が時効消滅することはないというのは、明らかに均衡を失しており、著しく不合理である。もともと仮差押制度自体が、将来の本執行を前提としたいわば「つなぎのための制度」に過ぎないのであるから、仮差押命令を得た債権者というのは、その後債務名義を取得するために訴えを提起し、あるいは他の方法で債務名義を得て、本執行を開始することが通常予想ないし予定されており、それらの事由によつて時効は改めて中断するのであるから、仮差押の執行が終了した時点で時効中断事由が解消すると解しても何等不都合な点は存しない。かえつて、仮差押命令を取得した後、右の程度の措置もとらない債権者は、権利の上に眠るものと評価されてもやむを得ないとも考えられる。

3  以上のとおりであり、仮差押による時効の中断は、仮差押の執行手続が終わつた時点で終了するものと解すべきである。なお、原告は、債権仮差押の場合、債務者への命令の送達があつたときに執行が終了したものとみる考え方を前提として議論するけれども、仮差押命令の執行手続としては、債務者への送達と第三債務者への送達の双方を内容とするものというべきである(民事保全法五〇条、民事執行法一四五条参照)から、執行手続の終了というのは右各送達が終了した時と解すべきである。

三  本件にあつては、遅くとも昭和五七年一〇月末日ころまでに債権仮差押命令が債務者(原告)及び第三債務者(訴外金庫)に送達・告知されたものと認められることは、前記二の1認定のとおりであるが、右時期から約束手形金債権の時効期間である三年間が経過していることは明らかである。従つて、これを踏まえて、その余の時効中断事由について検討することとなるが、本件債権は確定判決により確定債権となつて、昭和五七年一二月一二日から再び時効が進行を開始することとなり、本訴が提起される以前である平成四年一二月一一日の経過をもつて、消滅時効が完成したことは明らかである。

そして、原告が本件口頭弁論期日に右時効を援用したことは当裁判所に顕著である。

なお、被告は、仮差押命令に対してはこれを争う方法もあるのに、原告はそのような手段をとらず、自己の債務を認識しながら弁済の努力をせず、いたずらに時効の利益を援用するのは時効制度の濫用である旨主張するけれども、被告の主張に係る事情のみで原告の時効援用を権利の濫用とまで評価することは到底できないから、右主張も採用することはできない。

四  以上の次第であつて、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角田正紀)

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